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鈴木猛史(すずきたけし)の事故原因や障害レベルは?妻や仕事について

 

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オペアでアメリカのメリーランド州にいます! よくいくところはワシントンDCです♪ここでは、私の好きなことや、疑問に思ったこと、体験談をあげさせていただきたいと思います。 まだしばらくアメリカにいるので、オペアの事やアメリカの事で何か質問がある方はお気軽にどうぞ(*'▽')

パラリンピック、アルペンスキーと言えばこの人!

鈴木猛史さん

メダルを取った経験があり、今回のパラリンピックでもメダル候補と言われている彼は、小さい頃からこのパラリンピックに力を入れています。

 

鈴木猛史がストイック!

鈴木さんの第一印象は、優しそうな笑顔でした。

このかた、いいパパになる、そう思えるような方で、優しい笑顔の裏にはしっかりと厳しさも兼ね備えていそうな雰囲気です。

簡単なプロフィールからみていきましょう。

  • 名前:鈴木猛史(すずきたけし)
  • 生年月日:1988年5月1日
  • 年齢:30歳(2018年)
  • 出身:福島県福島市
  • 所属:KYB株式会社
  • 最終学歴:駿河台大学

 

経歴

  • 出身校の駿河台大学で職員として就職
  • 2015年7月、駿河台大学職員を退職
  • 2015年8月、KYB入社し現在に至る

KYBといったら、幅広く活動の範囲を広げている会社で、テクノロジーからスポーツに至るまで携わっている会社です。

 

そこのHPに彼のこれまでの活躍が載っています。

  • 2010年:バンクーバー大会大回転で銅メダル獲得
  • 2012年〜2013年:ワールドカップで年間総合優勝
  • 2014年:ソチ大会回転で金メダル、滑降で銅メダル獲得
  • 2014年:福島県民栄誉賞受賞、紫綬褒章受章
  • 2014年〜2015年:2度目のワールドカップ年間総合優勝

 

すごすぎぃ!!(;・∀・)

一人で優勝やメダルをいくつ持っているんだと突っ込みたくなります。

今年もメダル候補と言われるだけありますが、彼がここまで来るのには、血の滲むような努力と強い心が必要でした。

 

チェアスキーに対する感情

幼いころに両足の障がいを持ち、それからチェアスキーに出会った鈴木さん。

このアルペンスキーの特徴はそのスピード感のある滑走にあります。

皆さんジェットコースターで急降下するものに乗ったことありますか?私はあれがホント駄目で、息が止まります。

しかし、ちゃんと安全ベルトと、皆一緒という思いから、なんとか乗ることができるのです。

アルペンスキーの滑走は斜面を身一つで降りなければなりません。

その怖さは、したことのない私には到底理解できまいものでしょう。

その頃小学4年生だった鈴木さんは、長野パラリンピックの金メダリスト志鷹昌浩選手の講演会に参加していました。

そこで出た純粋な質問。

「急斜面は怖くないんですか? 」

これに対して出た答えは、鈴木さんにとって衝撃的な言葉でした。

「怖いならやめてしまえ! 」

その厳しい言葉に衝撃を受けた鈴木さん。

急斜面を滑る恐怖を克服したいという思いから出た質問でしたが、そこには優しいアドバイスなどなく、突き放すような一言でした。

 

その頃の気持を鈴木さんはこう話していたといいます。

「その当時の僕は急斜面が怖かったんです。だから志鷹さんに怖くないのかお聞きしたかった。でも容赦なく『やめてしまえ!』ですからね。僕は負けず嫌いだから、そんなこと言われたくないよと思って、その後はチキショ~って泣きながら滑りました(笑)。それをキッカケに急斜面を滑れるようになっていったんです」

最初、スキーに対する感情は簡単に言えば「怖い」「不安」でした。

もしそこに励ましの言葉をもらったり、障害があるけど頑張っているよという優しい言葉をもらっていたのなら、彼はここまでメダルを取れる選手にはなっていなかったでしょう。

 

「負けず嫌い」

これは何か壁に立ち向かう時に、必要なものなのだと私はこのエピソードを聞いて感じました。

ちくしょ〜!と思って何かに立ち向かうことってありますか?

私は最近スノボーで無様にころんだのを見知らぬ人に笑われた時に、「くそ〜!」と見返してやりたいと思って練習を頑張りました。

パラリンピックから見ると本当に小さなことですが、自分なりにできないことに挑戦するということが大切ではないでしょうか?

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事故の原因は?

この志鷹さんとのやり取りが小学4年生の頃、では怪我してしまったのはいつの話なのでしょうか。

小さい頃から活発だった鈴木さん、何かスポーツをやらせたいと母親同士仲の良かった友人とスイミングクラブにも通っていたそうです。

また産まれた地域がスキーが盛んな場所で、彼も幼い頃から馴染みがあったそうです。

 

そんな彼が小学2年生の春休み直前の3月31日、それは起こりました。

 

学校からの帰宅途中にいつもなら使わないはずのバスに友人といっしょに乗った鈴木さん。

いつもは歩く帰路で、普段バスなんて乗らないのに……。

さらに、彼は今でもなぜかわからないそうですが、バスの前に飛び出していったそうです。

 

普段なら絶対にしない行動で、自分自身まったく理解できないと鈴木さん自身も振り返ります。

不運が重なり、彼が飛び出したところに、影で見えなくなっていたトラックが追突。

トラックも急には止まれず、鈴木さん自身、引きずられた記憶が残っているそうです。

 

しばらくして目覚めたときには、すでに片足は切断されており、その後もう片方の足も切断しなければいけなくなった彼は両足を失いました。

そこの頃の心境をこう語っています。

「はじめは混乱しましたが、ショックを受けた記憶はありません。ただ、小さな子どもに『あの人足がないよ』と言われたり、周りから特別視されることが耐えられなかった。仕方のないことですが、自分だけがそれを聞くならまだしも、親に聞かせるほど辛いことはなかったですよ」

※参照http://wedge.ismedia.jp/

 

自分がそんな状態になっても、ご両親や周りのことを考える彼は本当に心の優しい子だったのですね。

私だったら泣いて喚いて、もっと回りそ苦しめるしかできなかったと思います。

小学校2年生ですよ、なかなか周りのことを思いやるなんてできません。

でも、そんな彼だからこそ、命が助かったのかも……なんて。

 

障害のレベル

障害のレベルはLW12-2です。

数字が少ないほうが重たい障がいとみなされるのですが、2と書いてありますのでかなり重たい障がいという認識になっているのでしょう。

しかし、小学生の頃は先生や同級生の思いやりから、特別扱いは受けず、スポーツの授業も普通に皆と同じように受けさせられ、ドッチボールになるとまっさきに狙われたようです。

その「普通と同じ」扱いが鈴木さんの心を救いました。

 

奥さんが美人!

ここまでこの記事を見てきたあなたならもう分かるかもしれませんが、わたし、この鈴木さん大好きなんです。

他にも頑張って欲しい選手たくさんいますが、鈴木さんのことを調べていけばいくほど、勇気をもらえます。

 

そんな彼も2016年6月にご結婚されています。

この奥さんがまた美人さんなんです♪

お名前は荒響子さん、なんとNHK福島のキャスターでした。

キレイなはずです、二人で並ぶとお似合いのカップルです。

馴れ初めは、鈴木猛史さんに対しての取材で会ったのがきっかけで、お互い惹かれていったそうです。

ちょっと運命を感じてしまう、そしてその運命をたぐりよせたのは、鈴木さんのメンタルの強さと、周りの愛情ではないでしょうか。

 

まとめ

今では「足を失ってよかった」と言える鈴木さん。

そんな彼に脱帽、感服です。

私は一体何をやっているんだろうと思い知らされてしまいます。

 

これを見ていると、自分も頑張ろうというモチベーションになります(>ω<)

今回のパラリンピックでも応援するぞ〜!

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